夏の宵にコンと鳴く

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 そのときも、詩緒はこの神社の階段で泣いていたのだ。  親の転勤で引っ越してきた町。  ど田舎とまではいかないけれど、排他的で、閉鎖的な場所だ。それは子供の世界ではより顕著で、詩緒は引っ越してきてすぐ、あっという間に爪弾きにされた。  爪弾きにされるだけなら、まだよかった。毎日いわれのない暴言を浴びせられ、無視され、せせら笑われた。  子供の閉じた小さな世界の中でそれはとても由々しきことで、日々詩緒の心はすり減っていった。  そんなある日、どうしても耐えられなくなって、まっすぐ家に帰りたくなくて、詩緒はこの神社に駆け込んだのだ。  まつられているのかいないのか、よくわからないくらい寂れた神社だった。でも誰にも会いたくない詩緒にとっては都合がよく、たまたま見つけて助かったという思いだった。  家に帰れば、母がいる。母の前で泣けば悲しませる。父の耳にも入って心配される。  それが嫌で、詩緒には泣ける場所が必要だったのだ。  ひんやりとした石の階段に座り、詩緒はさめざめと涙を流した。  自分を哀れむための涙ではなく、悲しいのだと誰かにわからせるための涙でもなく、ただ必要にかられての涙を。  傷つき、パキパキとひび割れた心を修復するそのために、詩緒は思いきり泣いていた。  すると、聞こえてきたのだ。  チントンシャン トンチンシャン チトシャン  怖いような、そちらへ行ってみたいような気がして、詩緒は音の出処を探った。でも、聞こえたと思うと遠ざかり、近くで聞こえるのに姿を見ることはできない。  もしかして、音は階段をのぼりきった先、神社の境内のその向こう、森から聞こえるのだろうかという気がしてきた。そう思うといよいよ確かめたくなって、詩緒は立ち上がった。ところが――。
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