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「そっちへ行ってはいけないよ」
凛と、よく通る澄んだ声が耳元で聞こえた。気がつくと、すぐそばまで誰か来ていて、そっと肩を抱かれていた。
「……誰?」
肩を抱いているのは、若い男だ。
「こわくない、こわくない。おキツネさんだよ」
やたらに顔の整った男は、そう言って手でキツネを作ってみせた。
「……キツネさん」
涼しげな目元をほころばせて柔らかく笑うその男の頭には、三角のふさふさ耳が生えていた。もしやと思ってお尻のほうを見ると、ふっさりとした尻尾が揺れていた。
「あの音について行ってはいけないよ。あれは狸囃子。人の子が関わるものじゃない」
「はい……」
キツネの男は、笑顔で話した。でも、紅をさした目元があまり笑っていないように見えて、詩緒は少し怖くなってうなずいた。
本当は狸囃子がどんなものなのかとか、どうして関わっちゃいけないのか尋ねたかったけれど、とても聞ける雰囲気ではなかった。
「お前、泣いていたね。どうして?」
男はまた優しい顔に戻って尋ねた。肩を抱いたまま座って、詩緒を膝の上に乗せてくれる。
「えっと……」
今日泣いていた理由を説明しようと、詩緒は一生懸命言葉を探した。
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