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「猪田さんは、どうしてここが店だとわかったのですか? ここが、どんな店かちゃんとわかって来ましたか?」
樫山はまるで、からかうように、さらに近づき、囁く。
「店とはいえ、見知らぬ男と二人きりなんて怖いと――」
と、そこまで言って噴き出した。
「申し訳ありません。猪田さんがあまりに緊張されているので、思わず、からかいたくなってしまいました」
「えっ」
今や、苑子の顔は真っ赤だ。
「どうです? せっかくの特別なご縁。私と何かお話してくださいませんか? 猪田さんの秘密、何かひとつ、教えてくださいませんか?」
すでに樫山は知っていた。苑子が自分に夢中なのを。ダンススタジオを覗きに来ていることも知っていたし、こういった言葉に一番弱いということも。
それは、大人の女が抱くような感情ではない。まるで少女のような恋心だ。彼女の中からは、自分の姿以外、なにも見えてこない。
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