2 猪田苑子の恋

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「秘密……」  苑子はそうぽつりと呟き、口を閉じた。   ――私のことを特別だなんて、なんだか意識してしまう。私の顔、赤くないかしら。それにしても、樫山さんは近くで見てもかっこいい。なんて肌がきれいなんだろう。指も長くて、顔も小さくて、声も素敵……。  そんな、ナルシスト以外が聞くとげんなりするような言葉の羅列だけが、苑子の心を支配していた。他には何もない。話し出すそぶりすらない。  客を癒すのが仕事。わかってはいるが、自分の姿ばかりが繰り返される苑子の心は、樫山にとってうざったい。食器を片付けるふりをして苑子に背を向け、強く目を瞑る。目を5秒ほど強く瞑ることで、相手の心を遮断することができるのだ。  これで気兼ねなくホスト役に徹することができると、そう腹をくくって振り返り、にっこり微笑んだ。その時、 「あの……。秘密の話、してもいいですか?」  苑子が樫山に視線を向けた。その表情は曇っている。  ――しまった。  樫山は後悔した。たった今、苑子との同期を解除したばかりだ。再び同期するためには、別の何かを体内に取り入れてもらう必要があった。
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