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先の尖った包丁だった。
「え」樫山は、思わずあとずさる。
「君が俺の心臓を刺せば、俺たちの意識は同時に消えるはずだ」
男は樫山の目をまっすぐ見つめた。樫山は鏡の中に引きずり込まれていく感覚に陥り、目をそらす。
「そんなこと、できるわけがない」
「心配ない。俺の心臓を刺した途端、俺はこの世界から消え、君は意識を失う。君が殺人罪で捕まったりはしない」
「じゃあ、由梨は、彼女に万一のことがあったら」
「当然初めてのことだから、何が起きるかもわからない。だが、城ヶ崎由梨が死ぬようなことも、本体である君が消えることもないだろう。ただ」
「ただ?」
「記憶が……、君の記憶が、消える可能性がある」
樫山は鼓動が早まるのを感じた。
「記憶……」
樫山はカウンターに両手をつき、項垂れ、静かに首を横にふった。
「他に方法はないのか?」
「ない。残念ながら、俺はこの方法しか知らない」
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