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樫山はまぶたを閉じたまま、大きく深呼吸をした。それからゆっくりと目を開き、手探りでカウンターに置かれた包丁を掴み、両手で握りしめた。
――さあ、ショータイムだ。
男の言葉と同時に、店の扉が音もなく開いた。店先の照明が闇を消し、外から冷たい風が吹き込む。
男は、樫山の目の前に立っていた。そして、しっかりとぶれることなく、自分の胸を指差していた。
――ここだ。躊躇だけはするなよ。
そして男は、満足そうに微笑んだ。
――会えてよかった。
* * *
「樫山さん! 樫山さん!」
空気を揺らす、心地よい響き。その声は泣いている。
「お願い……、目を開けて」
この声は、由梨……?
確認したいが、体が動かない。目の開け方もわからない。しかしそこには金縛りのような恐怖感はなく、逆に心地よさがあった。今まで感じたことのない、開放的な気分だった。
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