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あの日を境に、樫山は人の心が聞こえるという特殊能力の全てを失った。樫山は長い呪縛から解放されたのだ。
そんな樫山の変化を、誰一人として怪しむものはいなかった。周防ですら、樫山の鋭さが減りタロットが当たらなくなったのは、由梨と付き合ったからだ、幸せ呆けだと笑っただけだった。
心配していた由梨と愛梨の仲に関しては、樫山の予想を良い意味で裏切る形となった。由梨が樫山と付き合っていると知った時は、少しだけ動揺を見せた愛梨だったが、数日後には元の心配性の姉に戻っていた。
妹への愛は、樫山に対するものとは、比較にならないほど強かったということだ。
5ヶ月後、名のない地下の店を閉めた翌日、樫山は母の住むマンションに向かった。顔を合わせるのは10年ぶりだった。
母は再婚していたため、連絡を入れてから行こうかと少し迷ったが、そのまま向かうことにした。チャイムを鳴らすと、懐かしい声がインターホン越しに聞こえた。
「はい。どちら様ですか?」
「宗一です」
樫山が答えると、沈黙が訪れた。やはりだめか、そう思い、踵を返した時だった。ガチャリと扉が開いた。
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