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「宗一」
樫山宗一の母は、驚きと喜び、そして後悔の念を滲ませた、複雑な表情を浮かべて戸口に立っていた。
「母さんひとり?」と樫山は訊いた。
「幸久さんは、仕事だから……」
再婚相手を名前で呼ぶ、母の顔は幸せそうに見えた。
「すっかり、大人になったね。少し雰囲気も変わったみたい」母は少し戸惑うように樫山を見つめた。
「そうかもね」
「お母さん、年取ったでしょ」
「変わらないよ」
「上がってかない?」
「いや、ここで……」
「宗一」
「ん?」
「ありがとう。会いにきてくれて」
そう言って母は涙ぐみ、微笑んだ。その笑顔は、読心の能力を失った樫山の特殊な喪失感を消し去るのに、十分すぎるものだった。
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