33人が本棚に入れています
本棚に追加
「ねえねえ、宗ちゃん。ダンスってもうやらないの?」
陽も傾き始めた頃、暇を持て余した由梨は、厨房で仕込みを続ける樫山に言った。
「そうだね。辞めちゃったし」樫山は手を止めずに答える。「どうして?」
「私、宗ちゃんが踊ってるの、見たことないから」
由梨は立ち上がり、厨房で手を洗う樫山の背中に自分の背中をくっつけ、甘えた声を出す。「見たいなぁ」
すると樫山は、エプロンを外し、唐突に店の明かりを消した。
「え、なに。暗いんだけど」
驚く由梨をよそに、樫山は窓へ近づき、ブラインドを開けた。
「踊りはね、見るより踊ったほうが楽しい」樫山は由梨の両手を掴む。
「わ、私、踊れないよ」
慌てる由梨を引き連れ、樫山は店の中央に立つ。そして、簡単なステップを踏む。
「真似して」
軽やかに、まるで浮いているように樫山の足が左右に揺れる。右手は由梨の手を握ったまま、左手でオーディオのスイッチを入れた。
「あわわ」
樫山に振り回されるようにステップを踏む由梨を見て、樫山は無邪気に笑った。すっかりと暗くなった店内に、月明かりが差し込み、二人をやさしく照らす。
最初のコメントを投稿しよう!