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「結婚してるの?」
「そこから先は企業秘密です」
「なにそれぇ。そうやって答えるってことは、きっと既婚者だよね。子供もいるでしょ?」
由梨の問いに、樫山は無言で穏やかに微笑む。
「うわっ。秘密主義。やだやだ。つまんないから、赤ワインでも飲んじゃおっかなぁ」
そう言って、由梨は空のカクテルグラスをマスターに手渡す。
「ボトルにしますか?」
「そうね。じゃあ、マスターも一緒に飲んでくれる?」
そこでようやく、由梨が飲食物以外の何かを頭に浮かべ始めた。樫山は悟られないように、由梨の心に意識を集中する。
人間の思考の大半は雑音のようなもの。集中しなければ、それを理解するのも難しい。
樫山は奥から赤ワインを持ってくると、ソムリエナイフを手にした。シャツの上からでもわかる、筋肉質で引き締まった腕で、器用にコルクを抜く。グラスに注がれる赤い液体。客の目には、樫山はバーテンダーの演技をする俳優のように映った。
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