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たいていの女性客はその所作を、うっとりと眺める。
しかし今日の客、城ヶ崎由梨はスマホに夢中だ。相手は男。どうやら楽しい話題ではない。めんどくさい、うざいと、いらいらした由梨の心が騒がしい。
「あー。やめっ」
由梨はそう言い放ち、スマホをバッグに押し込んだ。それから大きな口を開け、そこにポテトサラダを放り込むと、ワインをぐいっと飲み干す。そして、一言。
「マスター、タロットやってよ」
「タロット占いですか」
「ここを紹介してくれた周防先生が、マスターのタロットは当たるって言ってたから、楽しみだったんだ」
周防憲忠。樫山は男の顔を思い浮かべる。垂れ目の、50歳近い精神科医だ。どうして奴が、こんな若い女性と知り合いなのだろうか。しかし異性としての付き合いではないようだ。由梨の心に、周防の姿は一切見当たらない。由梨の想像する、おかしな絵柄のタロットカードが浮遊しているだけだ。
「当たるだなんて、周防さんはまったく、ハードルを上げるようなことをいい触れ回って困ったものです。タロットは趣味の一環ですよ」
「ふうん、そうなんだ」
首を少しかしげた由梨の視線は、店の暗い角を彷徨う。樫山は、その由梨をじっと見つめた。
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