1 城ヶ崎由梨の気がかり

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「ホントにぃ?」 「はい。心身ともにおきれいですから」 「またまたぁ。マスターは誰にでもそうやって言うくせに」 「いえ。誰にでもなんて決して」 「ふうん」  由梨はそう言ったあとは、黙々とパスタとワインを口に運び続けた。樫山はそっと心を覗いたが、そこにも何も浮かんでいなかった。視界に映る映像すらぼやけ、静かな雲のようなものがあるだけだった。ただ一度だけ、沈黙も悪くないな、という由梨の声が静かに響いた。  食べ終わり、由梨は皿の上にフォークを置いた。 「本当のこというと、相手に結婚する気がないのは、わかってたんだ。わかってて、様子見てた。それでも、長く一緒にいたら変わってくれるんじゃないかって期待してた。きっと何か事情があって、お金に困ってるだけなんじゃないかって。いつか、私をちゃんと見てくれるんじゃないかって……」  酔いが回った由梨の思考は揺らいでいる。けれど、心と言葉はシンクロしていた。ずれがない。つまりそれが由梨の本心であり、真実だ。男に対する憎しみを持てず、逆にその男を哀れんでさえいる。  派手な見た目で軽い口調だが、意外と情に厚い子だ、と樫山は思う。もちろん、顔には出さずに。
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