1.一年で最も憂鬱な日

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 ずっと、自分の誕生日が苦手だった。  嫌いではなく、苦手。反抗期とかそういうたぐいのものではない。物心ついてからずっとそうだった。  居心地の悪さと、違和感と、空々しさ。遺物であることを過剰に意識させられる一日。  祝われたら喜ばなきゃならない。それがよけいに憂鬱だった。 「今日は寄り道しないではやく帰って来なさい」 「わかってるよ。いってきます」  表面上の会話を交わし、微妙に視線を逸らしたまま家を出た。  少し歩いただけで汗が噴き出す。ギラつく陽射しに目を細めた。……暑い。  夏も苦手だ。暑いし、疲れる。  何より、『よくないもの』が増える。特に八月は。  苦手な夏に、苦手な誕生日がある。なんて皮肉な話だろう。  汗が肌を流れる感覚やべたつくシャツ、じわりと痛みが滲んでゆく眼球。気を抜くとくらりと眩暈までする。  不快感を堪えて、歩く。はやく冷房のきいた場所に行きたい。  苛立って足を大きく前に出す。グシャリ、何か潰れた音がした。  蝉の死骸だった。  足をどけようとして、やめた。ぐっと踏み込んでから歩き出す。  砕け散った残骸にちらりと目をやり、自嘲的に笑う。  何て醜いのだろう。まるで僕みたいだ。  その時だった。 『おにいちゃん、あそぼ』  ぞわりと総毛立った。  耳元だ。すぐそばで、あどけない声がする。くすくす笑っている。  体温が急激に下がり、冷たい汗が流れ始める。 『あそぼ?おにいちゃん、あついのきらいでしょ?こっちはすずしいよ。あそぼうよ』  また違う声。ふり返りそうになる身体を抑えつけ、歯を食い縛る。  ふりむいたらつれていかれる。聞いてはダメだ。  けれど、耳を塞ぎたいのに、ここから走り去りたいのに、手も足も動かない。 『無視するなんて酷いなぁ。あなたも私たちと同じでしょ?』  また別の声。今度は僕と同い年くらい。そして、どれもヒトならざるものに違いない。一体、何人いるんだ。  この場をどう切り抜けようかと脳をフル回転させていると、腰に冷たいものがするりと巻きついてきた。 『産まれ間違えちゃった、いらない子』  ぱきん。  間抜けな音を立てて、僕の中で何かが割れた。
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