1.一年で最も憂鬱な日

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 どのくらい走っただろうか。ゼェゼェと荒い息を吐く僕と対照的に、少女は涼しい顔で待っている。  同い年くらいだろうか。漆黒のセミロングに黒目がちの大きな瞳が印象的な、綺麗な子だった。白と水色の爽やかなセーラー服がよく似合っている。  スラリとした立ち姿にぼんやり見惚れていると、顔を覗きこまれた。 「大丈夫?まだ具合悪い?あんな妖気にあてられたら、そりゃ体調崩すよね」 「そっ、そういうわけでは……」  ぱっと目を逸らす。  ああいうのには慣れているので、今更あてられたりはしない。ただ、彼女の生き生きと輝く瞳が眩しかった。それだけだ。  だが、少女は全く聞く耳を持たず、 「そこのボロアパートが私の家だから、休んでいって。たいしたものはないけどお茶くらい出すよ?」 「はい!?いや、大丈夫ですから!あと僕は学校が……というかあなたも学校じゃ、」 「ほっとけるわけないでしょー!ほら、おいで」  ぎゅっと手を握られ跳び上がった。が、少女は気にした風もなく、僕を引っ張っていく。  すごく、ものすごく混乱していた。  悪霊から助けてくれたのは本当にありがたい。さっきは結構危なかったし。だがこの少女、見ず知らずの人間に対して距離感がなさすぎる。いきなり部屋にあげるとか、何を考えているんだ。  呆然としていると、くるりとふり返ってきた。 「ねぇ、あなたの名前を教えてほしいな」  躊躇った。当然だ。恩人とは言え、他人に名前を教えるだなんて。……『家族ごっこ』すら上手くやれないくせに。  けれど今の僕は、ジリジリと肌を焼く日差しと、鳴き止まない蝉の声と、その他諸々の理由でぼんやりしていた。脳が誤作動を起こしていたのだ、きっと。そうとしか考えられない。 「……星野夜、です」 「ホシノ、ヨル?夜くんっていうの?ロマンチック~!あ、私のことはサヨって呼んでね!」  弾けるような笑顔に、繋いだ手の柔さかに、涼しげな声に。  心の底からほっとしてしまった、なんて。
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