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「はやく会いたいなぁ。名前もたくさん考えていてね、考えすぎて、候補が百を超えちゃって……」
サヨさんが何か言っているのに、頭に入ってこない。
ああ、……羨ましい。
産まれるなら、サヨさんみたいなひとから産まれたかった。
望まれていないなら、産まれたくなかった。
「……でね、カフェイン摂るのはすっぱりやめたの!本当は紅茶も珈琲も大好きだけど、子供のためだもんね!……夜くん?」
羨ましい。その子になりたい。僕なんか、今すぐに消えてしまいたい。
飢え渇いた心が叫ぶ。
この部屋の温かさと柔らかさが、サヨさんの愛おしくてたまらないという微笑みが、僕のかぶった皮を溶かして剥ぎ取ってゆく。
きっと、僕は亡霊だ。生きながら彷徨って、ありもしないものを探す。あの悪霊と同じモノ。
誰にも愛してもらえないなら。
「夜くん、泣いてるの?」
死んでいるのと同じだ。
「……え?」
目を見開いた。
ポタリと、冷たい雫が膝に落ちる。いくつも、いくつも。
「え、あ、えっと……目にゴミが」
「悲しいの?」
澄んだ眼差しが、真っ直ぐに僕を捉える。嘘も誤魔化しも見透かすように。
喉に熱い塊がこみ上げてきて、唇が震えた。
「……その子が、うらやましく、て。僕は、産まれてきちゃいけなかった子だから」
ぽつんと沈黙が落ちる。
唐突な話なのに、サヨさんは驚かなかった。静かな悲しみをたたえた眼差しを、そっと注ぐだけ。
労わるような空気に、ぼろぼろと言葉がこぼれ落ちる。
「僕の母も、サヨさんと同じような事情で僕を産みました。父親には会ったこともありません。……けど、母の顔も知らないんです。母は、……僕を産んですぐ、死んだから」
家族の反対を押し切って僕を産んだ母は、身体を壊してしまった。そして、すぐに死んだ。たった十七歳で。
僕は母の姉に引き取られ、今日まで生きてきた。
「伯母は義務感から僕を養育してくれましたが、よく思われていないのはわかっているんです。今では、伯母にも夫も子もいますから、よけいに疎ましいだろうし。祖父母は僕の存在そのものを認めてないし……。当たり前なんですけど」
「どうして?」
静かな問いかけに、思わず笑ってしまった。
どうしてって、そんなの決まっている。
「僕ができなきゃ、母は死ななかった。僕が母を殺したようなものです」
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