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よほどの田舎なのだろうか、交通手段は何もなく、車も見かけなかった。人家もほとんどない。
しかし、そのぶん空気はうまく、景色は美しい。
花が咲き乱れ、温暖で、非常に心地のよい場所だった。
ふたりの家は普通の一戸建て住宅であったが、電化製品も少なく、テレビや電話もなかった。しかし、何かに不自由している様子はなかった。
それほどここは豊かな土地なのだろうか。
ふたりは俺をもてなしてくれた。
食べ物もうまかった。ご馳走ではなかったが、女性が出してくれた料理は、素朴でほっとする味だった。
風呂にも入り、着替えには彼らと同じ白を基調とした衣装が与えられた。薄く見えた素材だったが、着てみると非常に暖かく、しかも軽い材質であった。
男は五郎と名乗り、女は絹江と名乗った。
俺も自分の名を名乗ろうとした。
「……」
出てこなかった。どうしても自分の名前が思い出せなかった。
今にも出てきそうなのだが、出てこない……記憶喪失?
そういえば、俺はどこから来たのだろう? 年だってよくわからない。
「いいんだよ。最初は誰も思い出せないんだ。そのうち、思い出すさ」
五郎の口調は、まるで初めからすべてを見越しているかのようだった。
「あなたたちは一体……?」
「それもすぐに思い出すさ」
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