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ずっと彼女に憧れていた。
夕暮れ時の教室に戻ってきたのは、忘れたお弁当箱を取りに帰るよう母親に言われたからだった。
教室には誰もいない。
白いエナメルのポーチが彼女の机の上に置いてある。
橙色が映り込むポーチを横目に空の弁当箱を鞄に入れた。
窓の外から運動部の掛け声や吹奏楽部の演奏が聞こえる。
薄暗い教室は外から聞こえる音とは対照的に、静まり返っていた。
まるで外の世界と切り離されているようで、昼間とは全く違って見えた。
それが間違いを犯す原因だったのだと思う。
手にはいつの間にか白いエナメルポーチ。
中から取り出したピンクの色付きリップのふたを、無意識のうちに開けていた。
いつも彼女の唇を彩っているリップクリームを、唇に滑らせる。
イチゴの甘ずっぱい香りは、彼女から漂う香りと同じだ。
上下の唇を合わせて色を塗りこむと、胸ポケットから手鏡を出した。
鏡をのぞき込むが、あの少女の唇とどこか違う。
少し色あせて見えるのは、室内が薄暗いせいに違いない。
もっと明るいところで顔を見たい。
そう思っていた時、魔が差した私に罰が下った。
「一条さん?」
背後から聞こえたのは、今もっとも会ってはならない少女の声だった。
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