憧れ色に濡れた唇

8/13
前へ
/135ページ
次へ
佐藤真紀は薄ピンク色のリップクリームのふたを閉め、私の手に握りこませる。   確かにこれでは返すことは出来ない。 しっとりと濡れた唇に触れ、こぼれそうな吐息を飲み込んだ。 「あの、あとでお金渡すから」 「いいの、いらない。それじゃあ、売りつけたみたいだもん。それはプレゼントだから」 「……ありがとう、佐藤さん」   お礼を告げると、満足そうな笑顔を返された。 こういう、押しつけがましいところは苦手だ。 そのはずなのに、リップクリームで彩った唇を鏡で見たくて仕方がない。 「佐藤さんじゃなくて、真紀って呼んでよ。私も香菜って呼ぶから」 「まき、ちゃん」   なんとなく照れくさい。他の友人を名前で呼ぶのとは違い、声に出すだけで緊張した。 「よくできました」   真紀は私の頭をなぜ、前髪に指をとおした。 か細い彼女の指で髪を梳かれると、胸が妙にざわついた。
/135ページ

最初のコメントを投稿しよう!

23人が本棚に入れています
本棚に追加