誘い

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彼の眼が認識したものは青色のパッケージのアメリカンスピリットだった。 煙草を吸っていた記憶はないがすることもないので不器用に一本取り出す。口に咥えた途端にまるで脳味噌に電極を直接刺されたような衝撃が走る。顔は引きつり目は焦点が合わず、眼球は後ろに引っ張られる。 体全体が痙攣し、視点が正面と瞼の裏とを高速に繰り返す最中見たこともない光景が紛れ込む。 引きちぎれたような腕が一本、道路に無造作に転がっている。歩行者用の信号がずっと青色のまま点滅している。その傷口からは血液が脈打つようにリズムよく噴き出している。それに呼応するかのように五本の指も血液に合わせて空を握っては離している。 その理解し難い状況に意識を失いそうになるが、脳味噌に突き刺さる激痛がそれを許さない。その刹那、一糸乱れることもなかった指の動きが止まると同時に目にも止まらない速さで彼の胸まで這いあがってくる。掌が顔の前まで来たかと思うと、視線のすぐ先にある指が尋常じゃない不気味な動きをし、暴れている。 男は嫌悪感と痛みに耐えきることができずに、喰いしばった歯の隙間から吐しゃ物を噴き出している。体の痙攣を抑えることが出来ずにそこかしくに黄ばんだ吐しゃ物が撒き散らされていく。 それに興奮したのか、狂ったように踊りだす指はそのままに、下の手首は骨が折れるような野太い音をひりだしながらそれを回転させる。 ―この先をみたらまずい! そう思った男は何とか目を閉じようと痛みに耐え瞼に神経を集中させる。だが、その意思とは裏腹に別の力が働き突如として視界が開ける。男の目が映したものは信じられないものであった。 男の眼球から太ったウジ虫程の細い指が生え、彼の瞼を持ち上げていたのだった。 その光景にまたも気を失いかけては、脳味噌をかき回す痛みと胃液と吐しゃ物が生み出す嫌悪感に意識を縛られる。
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