誘い

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しかし、その間に手首は完全に振り返り手の甲が顔を覗かせていた。いつの間にか踊り狂っていた指たちは死んだかのようにびくともしない。その時、甲の中央に一文字に刃物で切ったような傷口が出来ると、そこから薄黒いオイルの様な血が流れだす。 それと同時に傷口は肉が割ける音を響かせながらゆっくりとその範囲を広げていく。その傷口から腫瘍の様な肉が盛り上がるとそこを割いて黒ずんだ歯が不揃いに生えてくる。 その光景にとうとう耐え切れなくなった男は、最後の力を振り絞り己の舌を自らの歯と歯の間に滑り込ませようと悶えている。 「……れる………ん……い」 その声に驚いた男は思わず舌を引っ込めると同時に思わぬものを見てしまう。 甲に生えた口の中央からは赤黒く充血した舌が外の世界を嗜むようにゆっくりと空を嘗め回していた。 「ううウぅぅううぅゥウぅぅうう!!」 声にならない声を叫ぶと同時に、男は自らのズボンと座っているソファーを自分の排泄物で汚していた。 口の中の舌はさも喜ぶかのように上下に激しく動かすと、ゆっくりと男の前までそれを伸ばした。 まるで死臭の様な匂いが鼻を突いたその時、舌の先端が二つに割れその中からもう一つの口が出てくる。 涙を流しながら吐しゃ物と排泄物を垂れ流す男へとその舌は言伝を言い残す。 「忘れるなんて許さない」 そう吐き捨てると己の腕を捨て、勢いよく男の口へと飛び込む。 男の体を駆け巡る激痛はその刹那数倍激しくなり、彼は耐え切れず眼球から伸びた指をへし折るほどの力で目をつむる。 だがその瞬間、さっきまでの激痛は嘘のように消え去り、口の中の嫌悪感をも下着の中の気持ち悪い違和感も消え去っていた。 だがしかし、先程までの部屋とは違い妙な圧迫感に圧され男はゆっくりと瞼を開く。
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