彼の慟哭

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そこは狭い車内だった。ヘッドライトが遠くを照らし、雨も降っていないのにワイパーはせわしなく乾いたガラスを拭いている。良く目を配ると男が座している車は先程のログハウスの表に置いてあった青色のジムニーであった。彼は自分が無事だったと悟った瞬間に意味もなく自分の歯や歯茎、舌、口内、頭などを触り何も変わりがないことを確認する。 男は一通りに無事を確認したあと、自らの手で己の額に溜まった汗を拭う。 しかし、その時男の動きは不意に止まる。それと同時に新たに額に脂汗が滲み体全体が小刻みに震えだす。 ―次は何だ、これは一体何なんだ! そう思い今にも泣ぎだしそうな表情はそのままに、男は自分の手に握らされた何かを恐る恐る確認する。そこには、『Black Jack』と書かれた煙草があった。男は溜まらず車体が揺れるほど叫ぶとパワーウィンドウを下げ、力任せに握りつぶした煙草を外へと放り投げる。無残に捨てられた煙草は無限に広がる闇へと吸い込まれて行った。 男は今自分が置かれている状況が全く理解できず、意味もなく狭いシートで暴れその怒りをハンドルへとぶつける。だが今もまた男の動きが不意に止まる。ハンドルを叩くために思い切り握っていた拳に少し隙間が出来ている。男は気が触れたかのように嗚咽を漏らしながらその拳をゆっくりと開けていく。そこには先ほど捨てたはずの『Black Jack』が無駄だと言わんばかりに存在感を放っていた。 「畜生…こいつは一体何なんだ!?何なんだよ、クソッタレ!!」 そう叫びながらまた外へ放り投げると同時にパワーウィンドウを上げる。再びほこりが混じった温い空気が車内で循環される。 「クソ…こいつはなんの冗談だ!?俺が一体何をしたって言うんだ!」 そう悪態を吐きながら、男は自らの眉まで掛かった髪を両手でかき分ける。その手が後頭部まで行った所で男の体をまたも一瞬硬直し今度は刻んでるとは言えないほど大きく震えだす。 「勘弁してくれ、勘弁してくれよ!もう勘弁してくれ!!!」 ひりだすようにか細い声を発しながら男はその右手をゆっくりと涙と鼻水と唾液でぐちゃぐちゃになった自分の顔へと動かす。 その人差し指と中指の間に茶色い紙で巻かれた細長い煙草が一本挟まっていた。
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