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葬儀での「若い女を嫁にもらって張り切りすぎたんだろう」という下品な噂話も思い出し、俺は足を踏みしめるようにして山を登った。
「この山、母さんが亡くなった直後に来たな」
俺は頷いた。俺が10歳で兄貴が12歳の夏だ。父はその後、仕事に没頭するようになったから、最後の家族サービスになった。
そして、高校の時に「大学に行かない」と言った俺は、親父と連日口論になり、勘当されたのだ。
木々のおかげか山は涼しくて気持ちがいい。猛暑の下界とは違い、軽い空気が時折、通り抜ける。
「父さんにここに連れてきてもらったおかげで、俺は今の仕事に就いたようなものだ……」
兄貴がしみじみと言う。兄貴の職場は、国有林を管理する林野庁だ。
「俺はそういうの、ないな。本当に残念な息子だ」
俺が自嘲気味に言うと、兄貴は口をつぐんだ。
頂上に着いてホッと一息ついたところで、「それで? 話ってなんだ?」と兄貴が聞いてきた。
「――あの女に殺人の容疑がかかってる。親父の前にも、後妻に入った先で結婚相手が死んでた」
兄貴は目を丸くした。
「おまえ……刑事だろう。守秘義務はどうした」
そっちかよ――真面目な兄貴に苦笑する。
「あの女のことを俺は全然知らない。知ってることを全部、なんでもいいから教えてほしい」
いいよ、快諾してくれた兄貴はふっと笑った。
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