ナツ、襲来!

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「浴衣かあ……それはいいアイデアかもな……」 「これぞ、美しき国、日本! よし! それでいきましょう」  すると、居並ぶ閣僚達は艶やかな女性の浴衣姿を妄想してうんうんと頷き、日本文化をこよなく愛する藪首相も活舌の悪い声でGOサインを出す。  数日後、前もって立案していたマニュアルに基づき、この「浴衣作戦」は大々的に実行に移された。  国の補助を受け、各百貨店・大型スーパーでは浴衣の大規模セールが催され、公共の電波でも「日本一億、浴衣美人だ!」のキャッチフレーズのもと、浴衣着用を奨励するCMが繰り返し流される。  また、馴染みのない者にも浴衣デビューする機会を増やすため、例年以上に各地の夏祭りや花火大会が公的資金を投入されて大規模に挙行された。  そんな国を挙げての誘導戦略の結果、街にはこれまで見たこともないほどの浴衣姿の男女が溢れることとなったのであるが………。  ……これが、むしろ逆効果だった。  なんと、普段見慣れない浴衣姿の和な色気に野郎どもが発情し、ますます未成年者の不純異性交遊や、イベント後の野外における破廉恥行為が増加してしまったのである。  ――ドン! …ド、ドン! …ヒュゥゥゥゥ~…ババァァァァーン…! 「クソぉーっ! 〝ナツ〟のせいにしてさかる(・・・)んじゃね~っ! た~まやぁ~っ!」  この大失態を閣僚らから叱責され、独り首相官邸の屋上に登った夜具内は、夜空に咲く大輪の花に向かって、そのやり切れぬ怒りを人知れず叫ぶのだった。  しかし、そうして〝ナツ〟との戦いに彼らが一喜一憂している間にも、月日は静かに、だが着実に移ろいでゆく……。  ――リーリー…リーリー…。 「こ、これはまさか……秋の虫だ! 秋の虫の声だよ、芹鴨くん!」 「はい、先生! ついにこの戦いも終わりを迎えるんですね!」  その夜も市街地での昆虫調査を行っていた山葉教授と芹鴨助手は、とある公園で微かに響く秋の虫の音を確かに聞いた。  その季節の移り目を象徴する一報はすぐさまNATU委員会にも知らされ、それよりあまり時を置かずして〝ナツ〟による影響は次第に終息へと向かっていった。
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