ナツ、襲来!

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「古き良き伝統?」 「ああ、古き良き時代の〝パリピ〟の楽しみ方ってやつをガキどもに教えてやる」  連日の熱さと重責に少々夏バテ気味なのか? 机にうっ伏し、頭を抱えて見返す夜具内に、六本木は含み笑いを浮かべながらそう答えた――。  二日後、江の島対岸の海水浴場……。 「――ねえねえ、君達、どこから来たの~? うちらと遊ばな~い?」 「イェーイ! 湘南サイコー!」  際どい水着の若い男女が砂浜を行き交い、ナンパやパリピが跋扈する混沌の極みと化した湘南の海岸……だが、彼ら浮かれ騒ぐ若者達の知らない所で、奇妙な車両の一団がその無法地帯へと近づいていた。  選挙用の街宣車に紅白幕を張り、普段は立候補者や応援の政治家が立つ屋根の上の台にはなぜか櫓が組まれ、さらにその上に和太鼓が積まれている。  その数10台あまり……各々適度な距離をとって海岸を見下ろす道路に陣取ると、各櫓の上には法被にフンドシ姿の演奏者が素早く駆け上がり、バチを大きく頭上に掲げて滞りなくスタンバイする。 「各車、準備完了しました!」 「よーし! オペレーション〝盆ダンス〟開始!」  双眼鏡で各車を確認し、部下の自衛官が報告を行うと、陸上自衛隊娯楽・演芸係官の種林礼二(たねばやしれいじ)が号令を下し、ついに六本木の考えたマル秘作戦が実行される。  ドドン、ガッ、ドン…! 「あ、そーれっ!」 〝月が~出た出た~月がぁ出たぁ~あヨイヨイ〟  和太鼓演奏者の拍子と合いの手に合わせ、各街宣車のスピーカーからは大音量で「炭坑節」が流れ始める。 「なにこの音楽~? なんか昔っぽくってぜんぜん盛り上がらないんですけどお~」 「うるさくて海の家の曲聞こえないし。これじゃ、さっきまでのクラブの雰囲気、台無しじゃね?」   最大ボリュームの「炭坑節」によって瞬く間に湘南の海は覆い尽くされ、それまでのクラブだった砂浜は、一瞬にして〝盆踊り〟の会場へとその空気を一変させる。  それにより、若き日を懐かしむ老人達が集まって来るとともに、大勢を占めていたナンパ師やパリピ達はその姿を次第に消してゆき、やがては家族連れの海水浴客もだんだんに戻ってくるようになった。
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