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 水中に垂らした釣り竿の先の糸を、ぼくたちは並んで座って見つめていた。川辺の土手。あたりを見回しても誰の姿も見えないというのを、十二月の寒さのせいだけにはできなかった。時間の流れについていくというのは、とても難しいことなんだって感じた。 「魚はいっぱいおるとよ! コイとか、フナ。最近は、誰も寄り付かんからね」 「ちょっと寂しい?」 「そやねえ。昔が懐かしいばいね」  人が見限った場所は、それだけ本来の、自然な姿に戻されていく。ラジオカセットも使い捨てカメラもビデオデッキも、時代の変化に追いやられていなくなった。  人間なら、たとえば祖先がイカダで海を渡ったように、どこでだって暮らしていける。さびれた街を離れて。けれどこの子には、それができない。川として生まれて、今日まで続けさせられてきたから。 「未練がましくても、褒められたりはしないんやけどね。あ!」  ふいにほとりは、釣り竿を置いて立ち上がった。急いで向かった先は、珍しく川辺を通りかかった人たちのところだった。小学生の二人組と、お年寄りの夫婦。真冬なのに黒いワンピース姿のほとりを見たなら、無反応でいられるはずがなかった。  ほとりがどれだけ手を振っても、大きな声で呼びかけても、人の歩みは止まらなかった。正面にいるほとりには目もくれず、それぞれがほとりの体をすり抜けて、どこかに向かって歩いていった。こういう光景は、初めてなんかじゃなかった。
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