1/6
前へ
/20ページ
次へ

 お父さんは嘘つきだ。  ハローワークへ毎日行くと言っていたのに、家でごろごろしてばかり。家事を手伝うわけでもなく、テレビや新聞、雑誌をソファでぼんやり見て過ごす。ソファの一角は、すっかり定位置になってしまった。脱ぎっぱなしの服、食べかけのせんべい、積まれた本。散らばった物の中に大きな猫背が詰まっている。  私は帰宅して、その姿を見るのが嫌だった。そして、お父さんに何も言わず黙々と働くお母さんのことも、よく分からなかった。 「ねぇ、お父さん。いつ働くの」  覚悟を決めて、ソファに居座る珍獣に声をかける。相手はゆっくりとこちらへ振り向いた。無精髭の顎、ぼさぼさの髪、よれたワイシャツ。私は声をかけて後悔した。
/20ページ

最初のコメントを投稿しよう!

32人が本棚に入れています
本棚に追加