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ですが当時の私にはそれがどういう事なのかが全く理解出来ていませんでした。
彼を上手く騙し、事を運ぶ事が出来ている。
目的の達成に近づけている。程度にしか考えていなかったのです。
永久機関の稼働実験の為だけに搭載された矮小な脳のせいとはいえ、何度振り返っても苦笑してしまいます。
そして何度振り返っても、彼の愛を感じるのです。
経年で容姿が変わらない私が、エネルギー源を必要としない私が、側にいる人間を騙せるはずがありません。
それに生物には繁殖のための営みもあります。しかし、妻という立場であっても、それを彼に求められる事はありませんでした。
彼は私が機械人形だと初めから知っていたのです。
私がその事を知ったのは、彼のいまわの時でした。
ベッドで横になった彼が、珍しく私に「手を握ってくれないか」と頼み事をしてきました。
当時の私にとってそれはただの指示に過ぎませんでしたが。
彼は言葉を紡ぎました。
「死ぬ前にどうしても伝えなければならない事があるんだ」
当時の私が「なんでしょうか」と素っ気ない言葉を返すと、彼は「ははは」と笑って語り始めました。
「どうして僕は君を好きになってしまったんだろうな」
物憂げな表情で。
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