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あの日、出世に興味がない礼門こと、小野義光は正直サボりたかった。個人的なお付き合いに首を突っ込んでいい目を見ることはない。大体ややこしいことになる。
「いいじゃないか。暇な貴族に付き合うのも、僕らの嗜みだよ」
陰陽頭ーー安倍晴明は楽しそうに言う。いや、実際に楽しんでいただろう。思い通りにならない部下を揶揄いたいのだ。
「そうですか」
義光はさっさと済ませて帰ろうと、素っ気なく返した。この人に関わること自体がややこしいのだ。どうして晴明の専門である天文を選んでしまったのか。それを悔やむばかりだ。
「まあまあ。病に関してはどうでもいいんだ。君にはね」
あっちと、晴明は目的地と違う建物を指差す。彰子の病を見るのは、やっておくからと、晴明はニヤニヤする。すでに爺のくせに、笑い方は悪戯小僧だ。
「あちら、ですか」
「食われないようにね」
あははと、高笑いとともに晴明は去って行った。やっぱり性格最悪。しかし、今の言い方からして、ここで帰ると殺されそうだ。
「誰だ?」
面倒な奴だろうなと、義光は顔を厳しくしていた。女だろうと、優しい顔なんてしないぞと、そんな決意が滾る。
「ーー」
が、その気持ちは美しい琴の音に削がれた。
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