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「カアァー!」
一面に響く精一杯の声で俺は鳴いた、この声が君に届くようにと。
俺の命はもう長くないだろう。仲間に啄ばまれ、人間からは石を投げられ俺の体はもうボロボロだ。それもこれも全てこの瞳が原因だ、この青く輝く瞳が。
だが、君だけは俺の瞳を気色悪がることもなく、ビー玉みたいと褒めてくれた。
それが忘れられず俺は今、君の部屋が見える電線に腰を下ろしている。名前もわからない、ましてや人間の君に恋をするなど愚かだろうか?それもこれっぽちの理由で。
いいや、違う。生きるのも死ぬのもこれっぽっちの理由で良いのだ。そう思いながら俺は力を振り絞り君の部屋にあるベランダの手すりへと移動した。
―死ぬ前にもう一度君が見たい
体が冷たい、息もそぞろだ。目も霞み、視界はぼやける。
叶わぬ夢だったと悟り俺は力もなく、ベランダへと転げ落ちる。
意味もなく羽をばたつかせる、もう蚊ほどの意味もないというのに。だが、壁一枚隔てるだけの距離で死ぬのも悪くない。俺が死んだ後も君はこの瞳を褒めてくれるだろうか?
その時だった。制服姿の君が部屋に入りベランダへと近づいてくれる。
大きくなった。俺の瞳を褒めてくれた時は持ち上げられそうなほどに小さかった。
時の移り変わりは早い。それと同時に今際の際に彼女に引きわせてくれたことを神に感謝した。
その願った瞬間、彼女は俺を見つめると耳をつんざくほどの悲鳴を上げ、部屋を飛び出していく。
無理もない、汚いカラスが人間の家で勝手に死のうとしているのだ。致し方のないことだ。
物思いにふけるのも束の間、父親であろうか、彼女は体格の良い男と共に部屋へと戻ってきた。男の手にはゴム手と火ばさみ。
「死ぬんならその辺の道路とかで死んでよね。ほんとカラスって迷惑しかかけないよね」
男に持ち上げられ、外へ放り投げられる瞬間に彼女はゴミを見るような目でその言葉を吐いた。
落ちていく瞬間がやけに遅く感じられる。もし俺がこの青い目を持ったまま人間になれるのなら君を俺を受け入れてくれるだろうか?綺麗だねとまた俺に微笑みかけてくれるだろうか。
地面に叩きつけられた衝撃も、痛みももはや何も感じない。
一面青色だった空はいつの間にか黒い雲に覆われてた。早く死ねと言わんばかりに降ってきた大粒の雨が俺の体を幾度となく殴る。
次は人間に生まれますように。
その願いを込めて鳴いた俺の声を無数の雨音が無残に掻き消した。
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