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 健一の仕事は、メダルの回収、景品交換、フロアの清掃。  バイトとしては楽だ。  だが、ヤクザの見回りが必要なわけは初日で納得した。  とにかくトラブルが多い。  対戦ゲームで熱くなった客同士の喧嘩。  場所をわきまえずにイチャつくカップル。  遊具でゴネる客。  酔っ払い。  所構わずタンを吐くヤツ。  場所柄なのか客層は良くない。  弱気ではやってられない仕事だろう。  健一がスカウトされたのは、用心棒代わりか。  髪をオールバックに撫で付けた気障な店長が、夕食用の弁当を買ってくれるので一食分が浮くから文句は言うまい。  メンテナンス担当のモヤシのような店員以外は全員バイトだ。  しかも全部男だ。  さっそく客の女の子達に目を付けられた健一だったが、初日から浮わっついた所を見せられないので、ニヤけそうになる顔を、結構頑張って堪えた。  バイトの引ける11時過ぎ。  今日は「加藤さん」に会えなかったなと残念に思い、まだ賑わうゲームセンターを後にした。  そこで健一は、いつかの美少年を見かけたのだ。  それは、ほんの一瞬の出来事で、どこから現れたのか、ふらりと通りを横切って黒塗りのベンツに乗り込んだ。  残像を描く柔らかな髪。  引力を感じさせないふわふわとした足取り。  男とも女とも、いや人かどうかも定かでないような横顔は、間違いなく、桜の涙を零していたあの少年だった。
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