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少年が、桜に夢中になっていたので、じっと様子を伺った。
吸い寄せられる、とてつもない魔力を感じた。
目の前をふいに横切った影が、少年に近づく。
身長180センチの健一が仰け反るほど背の高い男は、エリートビジネスマンのように隙のなスーツを着ていたが、ワインレッドのマフラーが気障だ。
尖った横顔の鋭さは恐ろしいのに、誰が見ても良い男の部類に入る端整な顔は甘い匂いもする。
男はそのマフラーを取り、少年にふわりと巻いた。
優雅な指が流れるように、上向いた少年の涙を拭う仕草をする。
やっぱり泣いていたようだ。
二言三言、会話をしているが内容は聞き取れない。
男の声は低いが耳障りが良く、少年は張りのある中性的な声だった。
男に促されて店内に入っていく細い後姿に見とれながら、後をつけてみたいと思ったが、ここのコーヒーは高いので、2杯目を注文する余力はない。
仕送りに頼る浪人生だ。
この世の者ではないような美少年と、それにふさわしい男と、ただならぬ気配が確かにあって、それもありかなぁ…などと、映画のワンシーンを見ている気分に、嫌な感じはしなかった。
また目を閉じて筆を取った。
桜の花びらが少年の涙の飛沫になった。
桜色の涙だ。
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