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隣に立って同じ光景が見てみたい。
その言葉に、君が少しだけ寂しそうに笑ったのを、今でも覚えている。
見覚えのある背中を見付けて、悠真はふと足を止める。
昼下がりの公園、子供がはしゃぎまわる長閑な光景の中にクラスメイトの姿を見た。トレードマークである動物の耳のような癖っ毛からして間違いない。そっと近付いて顔を覗きこんでみれば、初めて見る安らかな表情をしていた。
「黎、何を見ているんだ?」
恐る恐る声をかけると、そこで初めて悠真の存在に気付いたように黎は目を見張る。隣に立てば、彼は少し気まずそうに頬を掻いた。
「桜を見ていたんだ」
黎の視線の先を見てみれば、成程立派な桜の木が植わっている。しかしそれはほとんど花が散ってしまい、こうして教えてもらわなければ桜だと思わないほどだった。枝が剥きだしになってみすぼらしいそれは、あんな表情で見蕩れるほどのもののようには思えない。そんな悠真の疑問に答えるように、黎は躊躇いがちに呟く。
「俺には青い桜に見えるんだよ」
「青い桜?」
「そう。すっごく綺麗なんだ。お前にも見せてやりたいくらいだよ」
ほうと息を吐き、黎はうっとりとした表情で桜の木を見上げた。
黎と知り合ったのは今年の春、高校の入学式でのことだ。
悠真が覚えている限り、黎は常に一人ぼっちだった。けして友達が居ないという訳ではない。しかし彼は、いつも人との関わりを笑顔でのらりくらりとかわしていた。そうして人を寄せ付けぬまま、どこか遠くを見詰めている。そんな彼の横顔が寂しげで、お人好しな悠真は思わず声をかけてしまった。
黎の目には、普通の人間には見えないものが映る。それを知ったのは偶然だった。
それは例えば幽霊と呼ばれるものであったり、名前もないような曖昧なものであったりするらしい。
驚く悠真に、黎はつまらない特技だと笑った。
黎の秘密を知り、少しだけ距離が縮まった今でも、彼が自分の見ているものを話すことは無かった。黎は悠真を怖がらせないように、例え何かを見たとしても、何も無かったようにへらへらと笑うのだ。それが悠真にとって、少し歯がゆい。
そんな彼が、珍しく自分が見たものを話してくれた。子供みたいな顔して、綺麗だと教えてくれた。それがとても嬉しく思う。
その目に映るものが見てみたいと願いながら、悠真はもう一度桜の木を見上げる。
しかしそこに映るのは、やはりちっとも青くない貧相な花だった。
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