「気安く触るな」

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久しぶりにもみじくんの会社まで来たな。と、大きなビルを見上げて中に入る。 中に入ればスーツに身を包んだ男性達がちらほら。 邪魔にならないよう受付の横に備えられた椅子に腰を下ろしもみじくんが終わるのを待った。 「あれ、杏さん?」 と、突然呼ばれた自分の名前。音の方へ顔を向ければなんとなく見たことのあるような、ないような白シャツに、ネイビーのお洒落なベストを着た男性がひとり。 会ったことの、あるような。 すっと、立ち上がり小さく頭を下げる。とりあえず思い出せないけれど、挨拶だけでもしておこう。 こちらに向かってくるその人は、もみじくんより少しばかり背丈が低くて、線も細め。 「瀧のこと待ってるんですか?って、杏さんも瀧でしたね」 「あ、あの、はい」 「あ、すみませんいきなり声かけて。僕のこと覚えてます?」 「え、えーと、」 にこっと優しく笑う彼に失礼だ。と必死に頭の中で彼との記憶を探すけれど見つけられない。 思い出せ、思い出せ、思い出せ。呪文のようにそう唱えてみる。けれど所詮魔女ではないので唱えたところでなにかが起きるわけもなく。 「すみません……」と小さく呟き何度も頭を下げるという失礼極まりない行動に出るしかなかった。
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