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「覚えてないですよね、ふたりの結婚式に参加させていただいた瀧と同期の柳下です」
「あ、あの本当にすみません私、もみじの妻の瀧 杏と申します」
「知ってますよ、てか、そんなにお話させていただいてないので覚えてなくて当然です。気にしないでください」
柔らかく笑う柳下さん。優しい人だなと「ありがとうございます」と、またぺこりと頭を下げれば「そんなに謝られたら悪いことしてるみたいだな」と冗談ぽく言われてしまった。
「あ、髪、食べてますよ。失礼しますね」
「え、」
顔を上げると、前から伸びてきた男性にしては細くて綺麗な指先が少しだけ頬に触れ顔にかかった毛先を払った。
不意に触れられて無意識に息を止めてしまった。
「柳下、なにしてるの?」
「おぉ、瀧、お疲れ様」
「あんずになにしてるの?」
「いや、なにも。彼女の髪を払っただけで」
聞き慣れた声音が聞こえてきて、ふーっと止めていた息を吸い込むことができた。
けれど、こちらに向かって歩いてきたもみじくんの表情は鋭く、私はまた緊張する。
と、突然もみじくんにするりと頬を撫でられた。なにごと、でしょうか。
「あんず、こいつには気をつけてください」
「え、」
優しい声音で言ったあと、なんとも鋭い視線で柳下さんを見るもみじくん。危うく二重人格を疑ってしまうほどの変わり身。
「そんな怖い顔しないでよ」
「誰のせいだと?」
「え、俺?いや、なにもしてないから」
「しただろ」
「え、」
「僕の奥さんに、」
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