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「あの、もし、よかったら、いまからご飯でも食べに行かない?」
「あ、楓くん、ごめ、」
「行かないよ」
え?
私の「ごめん」という言葉を掻き消して聞こえてきたのはいつもの聞き慣れた少し甘めの声音。
するりと振り返れば、そこにいたのは紅葉くんで。
「すみません、悪いけど彼女はこれから僕と約束があるので」
その言葉と同時にするりと掴まれた手首は引かれ、ゆらりともみじくんの方へバランスを崩す。
引かれるがまま、もみじくんの背中を追って「楓くん、ごめんね」と振り向きながら言えば「優しくしないで」と私の手を引く彼になんとも辛口な言葉をお見舞いされる。
スタスタと歩くもみじくんの背中に小走りで着いていけば、自動ドアの前で足を止めるもみじくん。
危うく、もみじくんの背中に突撃するところだった。
もみじくんは踵を返してじっと楓くんを見つめると、
「ひとつ言い忘れてました。あなたにお願いがあるのですが、」
「……なんですか?」
「今後、僕の奥さん食事に誘うのやめていただきたいです」
にっこり。その効果音が似合う笑顔を貼り付けて「では」と、もみじくんは再び向き直りスタスタと足を進めた。
ビルを出て駅までの道のり。無言で手を引かれる私は恐る恐る彼の背中に「もみじくん……?」と声をかけた。
その言葉にもみじくんは足を止める。
「ごめん、会社の人にあんなこと言って」
「……うん」
「いや、でもあんずが悪いからね。なに口説かれようとしてるの?」
「いや、別にご飯に誘われただけで、口説かれてたわけでは……」
「鈍感過ぎるでしょ」
「え、」
「あんずは僕の奥さんでしょ、もっと自覚持って」
「……はい」
「他の男の誘いは断ってくれると……嬉しいです」
もみじくんがあまりにも弱々しく呟くから、掴まれた手首を離してぎゅっと指を絡めた。
すると、もみじくんはぽつりと呟く。
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