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目が覚めて記憶が眠る
長いときを眠っていた。
なんとなくそう感じた。
人の気配を感じてゆっくりと目を開くと、栗色の長い髪の毛を手で押さえながらこちらを覗き込んでいた。
『あ、やっと起きた。大丈夫? 痛いところある? 立てる?』
愛らしい柔らかな声が耳に届いた。
けれどその声の言葉は知らない言葉で、幼女が何を言っているのか全く分からなかった。
「…………ここは、どこ?」
見渡すと砂浜が広がる。森がすぐ近くて幸運にも日陰で倒れていたらしい。
海は広くその先に見えるものは、雲と鳥くらい。
(なにか大切なことを忘れている?)
そうじゃない。記憶が全くなくてなにも思い出せない。
なぜ砂浜で倒れているのか、それすらもわからない。
『お兄さんは、変な話し方するのね? 何を言ったのか聞き取れなかったよ』
幼女は砂浜の上に頬杖をついて、いまだに寝転がっているこちらを見ている。
「――? なんて言ったんだ?」
『やっぱり、わからない。そうね――』
彼女は少し考えて何かを思いついたように、笑う。
『この場合はまず自己紹介からだわ。私はリリ、リリよ』
自分の胸に手を当てて何度も繰り返す。
その仕草で彼女の名前が『リリ』だと予想する。
「リリ?」
『そう! リリよ。よろしくね! あなたは?』
嬉しそうな声に予想が当たったことがわかった。
次にその手の平を、自分の胸に当てられて何かを言う。自己紹介なのかもしれない。だとしたら次に聞かれるのは自分の名前だろうか?
「名前……俺の名前……アーディ」
何も考えず口からこぼれた自分の名前は、とても懐かしい感情を覚えた。
『アーディ! よろしく!』
「リリ、ヨロシク……?」
リリはにっこり笑ってアーディの手を握る。
記憶のない、言葉が通じない、そんなところにアーディはいた。
「困ったな。言葉を覚えるのが先か……」
『アーディ、元気になる泉が森の中にあるの。きっとアーディも元気になるわ。一緒にいこう』
言葉と共に身振り手振りで、アーディと会話しようとしているリリは、森の中を指差して手を引いた。
その森は緑のはずなのに、青く蒼く青かった。
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