3人が本棚に入れています
本棚に追加
「わー! ぱちぱちー!」
演奏が終わると、喜んで言葉でも拍手をくれた。
「ありがとう」
どんな大きなコンクールの拍手よりも嬉しい。
「君の名前を聞いてもいい?」
「美月(みづき)」
「美月、か。綺麗な名前だね。僕は耀(よう)」
「耀……忘れないからね」
美月は神妙な面持ちで、じっと僕から目を逸らさない。
「覚えてくれた?」
「名前もだけど、今日のこと」
「僕も」
絶対忘れない。起きたら消えてしまう現実だとしてもだ。
「耀、ありがとうね」
丸く優しい香りに強く包まれたと思うと美月が僕を抱きしめていた。
幽霊の筈なのに。
そんな疑念を確かめたくて僕も美月を抱きしめ返した。
人間らしい体温は感じられないけど、彼女を腕の中に捉える事ができた。
「ありがとう」
こんな風に抱きしめてくれた事なんて親ですらない。
気付いたら僕は泣いてしまっていた。
――泣くな
いつの間にか禁止で塗り固められていた壁がいとも簡単にボロボロと崩れ去った。
海に漂っているような心地良さで次第に瞼が重くなっていく。
美月はベッドサイドで僕の髪を撫でていた。
これまで記憶にはない、穏やかな眠りにつこうとしている。
こんな夜なら死んでもいいな。
優しいほのかな香りが僕の傍にいてくれるなら。
最初のコメントを投稿しよう!