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もうどれくらいだろう。
夜になってから空虚を彷徨う気持ちでピアノの椅子に何時間も座ったまま。
言ってみれば朝から落ち込んでいた。
なんとなく指を動かすのも億劫で、それなのに夏の夜の夢を弾かずに寝るのは落ち着かない。
諦めて序曲を弾き始める。
宮廷の華やかな旋律が終わり、いたずら妖精の恋の魔法から解き放たれた恋人達に笑顔が戻ると、優しい微かな香りが僕の周りに漂い始める。
「美月」
夢じゃないんだよな。
思わず途中で演奏を止めて彼女の名前を呼んでいた。
「わたしに会いたかった?」
嫣然とした笑みを浮かべて、美月は僕の隣に座る。
「会いたかったよ」
誰だこいつ、僕か?
自分の言葉に猛烈に照れながら美月を眺める。
本当に夢じゃないよな?
「わたしも会いたかった」
そう言って僕の手を握る。夢じゃなかった。
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