葵~公園にて

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「大丈夫か?」 不意に響く低い声に、薄く目を開ける。 ぼんやりとしたシルエットが、はっきりと 像を結んだ瞬間、葵は目を見開いた。 目の前に立つ、長身の男の顔には見覚えがある。 「オーナー!」 思わずそう叫び、あわてて口を結んだ。 いや、”元”オーナーだ。 ホストクラブ『紫音』を辞めて半年以上経つ。 相手も少し驚いたように、片眉を上げた。 「…葵か?どうした、こんなとこで」 覗き込むように顔を寄せられ、葵は俯いた。 ほっそりとした顎に長い指がかかり、そのまま上を向かされる。 男でもどきりとするほど、端正な顔が間近に迫り 思わず赤面してしまった。 「随分派手にやられたな」 「ほっといて下さいよ、真柴さん(・・・・)」 乱暴に腕を押しやると、下から睨み付ける。 『紫音』のオーナー 真柴涼(ましば りょう)は肩を竦めると 手にしていた紙袋を葵の足元に置いた。 「それ、お前のだろ?そこの入り口に落ちてた」 ちらりと目をやると、今日着てきた私服やバッグが無造作に 詰め込まれていた。 ”ご親切な”先輩たちが、ロッカーに残っていた私物を 纏めて寄越したのだろう。 葵は口を引き結んだまま、再び俯き目を閉じた。 『とっとと消えろ』という無言のアピールだ。 数秒後、空気が動き、相手が立ち去る気配がした。 ホスト同士のいざこざに、進んで首を突っ込む物好きなどいない。 おまけに、『紫音』はバックレるように退店しているのだから 尚の事。 あんな大箱※1何で辞めたんだっけ? ぼんやりと思い返す。 そうだ、オーナーの所為だ。 何故だかあの日は、オーナーがホストとして店の太客※2を 接客してたんだ。 まだ永久指名※3してないフリーで、ボクも密かに狙ってた。 途中まではイイ感じでいってたのに、女子高で起きた殺人事件の話から 夏目漱石の『坊ちゃん』の話題になって…で、太鼓だの巾着だの 訳の解らないことで、ボクを馬鹿にし始めたんだ。 むかついたから、その後は指名の入った卓で酔いつぶれて その次の日あっさり飛んだ※4。 ※1 店内が広いホストクラブ ※2 月に多額のお金を使ってくれるお客 ※3 女性客が一度ホストを指名すると、そのお店では担当の    ホストを変えることができないというシステム。 ※4 連絡が取れなくなる状況の事 仕事が嫌になって飛ぶ(辞める)
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