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第七章 スーパームーン
いよいよ、ダンスパーティーの当日、会場は「カイザーパレス藤沢」藤沢市街から、少し離れた総合アミューズメント施設である。
会場前にある、大型の駐車場にはソコソコの高級車や、そうでもないセダン。はたまた何か勘違いをしているイタイ車が、停められていた。
パーティーの開始は、午後六時。夕方過ぎには、思い思いの格好をした学生達が、ワラワラと集まってきた。
パーティーは、各校の学生会が取り仕切って、パーティー券の販売も各校の学生会が、責任をもって仕切っている。
参加する学生達は、各校の学生会から購入していた。
それとは別に、招待客枠と言うのがあって、各校が参加学生を促すために、あらゆる伝を頼って、著名人を招待する。
その一人が、常盤南体育大学の、下野毛章子教授であった。
その下野毛章子教授が、パーティー開始の十分後位に、白いメルセデスベンツのリムジンで会場へ到着した。
真っ赤なナイトドレスと、薄手のハーフコートに身を包み、かなり扇情的である。
招待客の到着に、会場スタッフのナンタイ学生会の学生が、数人で出迎える。
「あら、杉沢くん?今日はスタッフなのね、ご苦労さま。こんなオバチャンで、ゴメンナサイね!」
「いえいえ、ナンタイ1の美女をエスコート出来るなら、何でもないです。」
杉沢と呼ばれた学生は、鼻の下を伸ばしに伸ばして、下野毛章子教授の手を取ろうとしたその時、リムジンの反対側の扉から、真っ白なタキシードな身を包んだ筋肉質の大男が、下野毛教授と学生の間に割って入った。
柔道部監督の月山隆衛である。
「スマンな杉沢、今夜のエスコートは、俺の役なんだ!」
月山はそう言うと、下野毛章子の左手を取るや、多少強引に下野毛章子を会場へと、エスコートしていった。
「クソッ!あのゴリラ!」
残されたスタッフ役の学生達が、月山が完全に消え去るまで見送ってから、悪態をつくのであった。
「おい、モテナイ、早くしろよ!」
パーティー会場へと向かう道すがら、東丸光一は保鉄名市蔵をセカしていた。
朝から何故か腹の調子を崩し、速く歩けない市蔵。それでも、パーティーには参加しようという。
それは予てからの決意、彼女を作る。その決意だけが、市蔵を支えていた。
「参ったな、何だってこんな…。」
市蔵は、痛む腹を摩りながら、空を仰いだ。
辺は適当に暗くなり、天空には大きな満月が浮かんでいた。
「おお、スーパームーンだな。」
市蔵につられて空を見上げた東丸が、そう呟いた。
数年に一度、月が地球に最接近する満月を、そう呼ぶのだ。
当然月の重力も強く作用して、犯罪件数も高くなるという。
市蔵と東丸が、会場のカイザーパレスに着いたのが、開始時刻の30分後。
受付を済ませて、会場に入るや、市蔵はトイレに駆け込んだ。
東丸は、一人でパーティー会場へと足を踏み入れた。
パーティーは、此のパレス一番の売りである、吹き抜けの大広間で、行われていた。
会場の一段高い所に、生バンドが配置され、静かでムーディーな音楽が演奏されていた。
ところが、大広間では誰も踊っては、いないのである。
参加者は皆、酒や料理を摘みながら、会場の壁際で何人か、はたまた二人で、話し込んでいる。
「なんだか、期待外れだな。」
東丸は内心、もっと派手に皆が踊り回って、ワイワイと賑やかな様子を、想像していたのである。
「おう、東丸!」
東丸は、イキナリ名前を呼ばれ、振り向いた。そこに居たのは、柔道部一年の面々だった。
「なんだ、お前らか!」
柔道部一年の、約半分が集まっていた。
「あれ、相澤、吉田達は?」
東丸は、一年の残りのメンバーを、所在を聞いた。ほぼワザとであるが、
「知ってて言うなよ、彼奴等は今日から合宿だ。なんせ本大会出場だしな。」
相澤と呼ばれたその男は、ちょっと羨ましそうに呟いた。
東丸は改めて、柔道部の面々を見渡した。どいつもこいつも、坊主っくりにジャガイモ面。どう間違っても、女の子には縁がなそうに見える。
当然、東丸もその部類である。
思わず、ため息が漏れる。
「ところで、モテナイは?」
相澤が、東丸に聞く。
「アイツなら、トイレだ!何やら変なもの食ったらしくて、ピーピーなんだと。」
東丸は、半笑いしながら、そう言った。
「ああ、参った!」
トイレに駆け込んだ市蔵は、間一髪、便器に腰を下ろした。
怒涛のような、下っ腹の痛みとは裏腹に、情けないほどの量を放り出して、腹の痛みは退いていった。
市蔵は、トイレから出ると、フロントの係りに薬局の場所を教えてもらい、痛み止めと下痢止め薬を買い求めた。
会場に戻る前に、買った薬を服用し、会場の外にあるベンチに腰を下ろす。
下っ腹の緩みが解消するまで、暫し休むこととした。
「お?モテナイじゃねえか?」
イキナリ野太い声に、名前を呼ばれた市蔵は、声のした方へ顔を向けた。
派手な白いタキシード姿の、大男がそこに居た。柔道部監督の、月山隆衛であった。
「え?監督?今日は学生の集まりですよ?」
市蔵は、キョトンとした顔で、月山に返した。
「なに、招待されたんだよ!」
月山は、ドヤ!って顔で、市蔵を見下ろす。
「なんだ?モテナイ、顔色が悪いな?」
月山は、市蔵の顔を覗き込んだ。
「はあ、ちょっと食あたりで…。」
「なんだ?ダラシねえな。」
そう言うと月山は、タキシードの内ポケットから、何やら小瓶を取り出した。
「ほい、これでも飲んどけ。」
それは市販の、栄養ドリンク剤だった。
「じゃあな、俺はこれから、イベントだから。」
そう言って、月山は高笑いをしながら、会場の外廊下を歩いていった。
暫くして、
「どおおぉぉ!」
市蔵がベンチで休んでいると、地鳴りのような歓声が、会場内から響いてきた。
「なんだ?」
思わず市蔵が、会場に出入りする扉を開けた。
市蔵の目に飛び込んできたのは、会場奥の雛壇に立つ、ワインレッドのナイトドレスを着た、下野毛章子教授であった。
なんて華やかな、出で立ちであろう。
会場には、思い思いにオメカシをした、若人たちが詰めかけていたが、下野毛章子はどの若者たちよりも、華やいで見えた。
「おや?」
市蔵は、妙な違和感を覚えた。
壇上の下野毛章子の横に、派手な白いタキシードを着た、大男が立っていた。
月山隆衛であった。
「監督のイベントって、そういうことか。」
なにやら得意気で、ドヤ顔で立っている。
その月山の前に立っている、下野毛章子にマイクが渡されて、学生達に挨拶をするように促された。
ちょっと躊躇いがちに、マイクを握った下野毛章子は、ユックリと壇上最前列に歩み出て、
「会場の学生諸君、はじめまして、私は常磐南体育大学の、下野毛章子です…。」
下野毛章子の短めの挨拶が、終わろうとしたその時、学生の輪のなかから、一人の大柄な男子学生が、雛壇に駆け上がった。
「イケナイ!」
会場の隅で、その光景を見ていた市蔵は、慌てて雛壇へと駆け出した。
だがその時、雛壇の奥にいた月山が、先に動いていた。
その男はイキナリ、下野毛章子に抱きつこうとしたが、章子教授はサッと身を躱し、後ろにいた月山隆衛の更に後ろに、身を隠した。
「なんだ?貴様は!」
月山隆衛は、壇上に駆け上がってきたその男子学生の胸ぐらを掴んで、思いっ切り、投げ飛ばした。
「おわっ!」
投げ飛ばされたその男が、駆け出した市蔵と正面衝突。もんどり打って、フロアに重なるように大の字に転がった。
「ヤロー!」
投げ飛ばされたその男は、すっと立ち上がるや、足元に転がっていた小瓶を拾い上げ、月山めがけて投げつけた。
パシッ
月山は、その小瓶を片手で払い除けた。
その時、小瓶の蓋が緩んでいたのか、蓋が吹き飛んで、中身が飛び散った。
奇妙な香りが、会場中に漂った。
「うおおぉぉぉ!」
変な唸り声を上げて、月山がその男に飛びかかった。
「ぐげっ!」
寝転がっている市蔵を踏みつけて、豪快な払い腰が炸裂した。
ダンスパーティー会場のど真ん中で、大男同士が取っ組み合いだ!
「おい!加勢するぞ!」
何処からともなく、声が飛ぶ。
会場の隅にいた数名の男達が、月山に向かって走り出していた。
「此方も、監督に加勢だ!」
ナンタイの柔道部員も、走り出した。
後は、大乱闘の修羅場となった。
月山隆衛は、誰彼構わず投げ飛ばし、加勢した柔道部員達も、会場狭しと暴れまわる。
事の発端となった、学生やその仲間、それ以外にも、会場にいた多くの男子学生達が、乱闘に加わり、もう収集がつかない。
暫くすると、パトカーのけたたましいサイレンが響いてきた。
会場側の関係者が、警察を呼んだのであろう、数十人の警察官が、会場に雪崩れ込んできた。
しかし、事態はさらに混乱を極めた。
雪崩れ込んできた警官たちも、事態を鎮圧するどころか、乱闘に参加。
好き放題に、暴れまわる始末だった。
「モテナイ君、おきて!」
誰かが市蔵の、頬を叩いている。
市蔵が目を覚ますと、其処は広々とした車の中であった。
市蔵の横には、下野毛章子が心配そうに、市蔵の顔を覗き込んでいる。
「あ、下野毛教授?此処は?」
「ああ、良かった。身体は何ともない?」
「俺は、別に…。」
市蔵は、身体を摩りながら、返事をした。
「お嬢様、これから何方に?」
前の方から、初老の男性の声が、下野毛章子に放たれた。
「ああ、緒方?横浜へやってちょうだい。」
「かしこまりした。」
初老男性はそう言うと、ユックリと車の速度を上げたのだった。
その車は、下野毛章子がパーティー会場へ乗ってきた、リムジンであった。
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