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第八章 目眩く夜に。
あの大乱闘の最中、市蔵をリムジンまで運んだのは、運転手の緒方であった。
「大変だったわよ、あの大混乱の中、緒方が貴方を担いで…。」
下野毛章子は優しく笑いながら、事の顛末を語りだした。
「大体の経緯は、想像できるわ。多分、藤木君が渡した、あのパフィームが原因ね。」
市蔵は「え!」と言う顔をした。
藤木から貰った、あの異性の関心を惹き安くするコロンは、まだジャケットのポケットに入れたままのはず…。
市蔵は、徐ろにポケットに手を入れ、あの小瓶が有るのを確かめた。
指先に硬いものが当たる。「ほら、ヤッパリ有る。」市蔵は安心して、ソイツを取り出した。
「あ!」
市蔵は小さく叫んだ。
取り出したその小瓶は、さっき月山監督から貰った、栄養剤であった。
暫くボケっとしていた市蔵は、ハッとして下野毛教授の顔を見た。
「何か、知っているんですか?」
市蔵は驚いて、上ずった声を上げた。
「知っているというより、解っちゃうのよね。アレを調合したのは、私だし…。」
下野毛章子教授は、イタズラッ子のような顔で、そういった。
「まあ、結構良いデータが取れたから、藤木くんには、感謝しなくちゃね。」
そう言うと下野毛章子は、市蔵の額を撫でた。市蔵の顔の数カ所が、青痣になっていた。下野毛章子はそれを労るように、撫でるのであった。
「お嬢様、到着しました。」
一時間も経たない内にリムジンは、目的地に着いたらしい。初老の運転手緒方が、リムジンのドアを開く。
最初に市蔵が、続いて下野毛章子がリムジンから降りる。
二人が降り立ったのは、港を見下ろす丘の上だった。その丘の頂上に、一軒の古い建物があった。
「ここは?」
市蔵が、不思議そうな顔で、下野毛章子に尋ねた。
「青島飯店、私の父が建てた、横浜では結構古いホテルなのよ。」
章子は、微笑みながらそういった。
「え?」
市蔵は、ホテルと言うことばに、ドキッとした。別にそう言う展開を期待しているわけじゃないが、若い男子は、色々妄想してしまうのだ。
「さ、行きましょう。」
下野毛章子は、颯爽とホテルのエントランスに入っていった。
青島飯店。
港を臨む丘の上に建つそのホテルは、昭和の中期にある華僑の手により建てられた。
その者の名は、李 明夫。
下野毛章子教授の、実父である。
「私は理由があって、母親の姓を名乗っているけど、佳境の出なのよね…。」
その古いホテルの一室で、市蔵の怪我の手当をしながら下野毛章子は、自分の事をポツリポツリ話しだした。
「私の父親の李 明夫は、在日華僑の二世なのね。祖父からの伝で、この横浜で事業を興して…。」
下野毛章子の父親李 明夫は、元々起業の才が有ったらしく、戦後すぐの横浜で、メキメキと頭角を現し、高度経済成長の波にのり、汎ゆる産業でその名を轟かせた。
このホテルも、事業の一つであった。
「さあ、出来た。」
下野毛章子は、市蔵の手当を終えると、
「今日はもう、休みましょうか?」
そう言うと、そそくさと部屋を出ていった。
ちょっと広めの部屋に、ぽつんと独り市蔵は残された。
「………。」
何かを期待していたのか、何か切ない気持ちで、ベッドに横たわった市蔵は、そのまま眠りに落ちていった。
カチャッ
暗闇の中で、部屋のドアが開く。
スススッ
軽い衣擦れのような音が、市蔵に近づいていく。
誰かが、市蔵に触れている。
しなやかで、とても熱い手が、市蔵を弄ぶ。
市蔵も夢現で、その手の動きに、身を任せていた。
次第にその手が、市蔵の一点に集中し始めた。ゆっくりと市蔵の熱い物を、じっくりと弄っている。
「あうっ、はわっ!」
変な声を上げて、市蔵は目を開けた。
目を開けても、部屋の中は真っ暗で、何も見えない。それでもこの部屋の中に、自分以外に誰かが居ることがわかる。
その誰かが、自分を弄んでいる。
自分の熱い中心を、これまた熱くしなやかな手が、執拗に弄ってくる。
その時、市蔵の鼻先を、甘い匂いが掠めていった。
その甘い匂いは、丸で目に見えるような濃厚で濃密なピンクの闇を、醸し出していた。
市蔵はその匂いに、覚えがあった。
何時だったか、早朝の横浜で下野毛章子教授から発せられた、あの甘い匂い。
正にその匂いである。
まさか……、本当に…?
市蔵の心臓が、早鐘のように鳴り出す。
市蔵の全身を、そのピンクの闇が包み込む。甘い香りが、市蔵の象徴を否応なしに、隆起させた。
市蔵の身体を、撫で回していた靭やかな手は、熱くそそり勃つ象徴を、しっかりと握りしめ、そしてその手の主が、ゆっくりと市蔵に、伸し掛かった。
それは市蔵の象徴を、ゆっくりと呑み込み、ゆっくりとそしてだんだんと、激しく振動して、快楽の波で市蔵を包み込んだ。
「はあっうっ…!」
快楽の絶頂で、市蔵はありったけの精を吐き出した。
ハアハアと荒い呼吸で、市蔵はベッドの沈み込んだ。
すると、あの靭やかな手の持ち主が、また市蔵の象徴を弄び始めた。
吐き出した精を、舐め取るように、温かでヌメッとしたものが、市蔵の下半身を這い回っている。
そしてユックリと、ソノ温かでヌメッとしたものが、市蔵自身を飲み込んでいった。
何回も、何回も、精を吐き出した。
心地良い疲労感が、市蔵の全身を包んだ。
ピンクの闇のなかで、市蔵は混沌に沈んていった。その意識が飛びそうな刹那、楚々として部屋を出ていく、その人物の後ろ姿を、市蔵はシッカリとみた。
「下野毛教授……。」
その後ろ姿は、下野毛章子教授、そう見えた。
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