夏魎の巣穴(カリョノスアナ)

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 今年は鳴き声が少ない。蝉の寿命が例年より短いそうだ。  地面から這い出た蝉が、二日で落ちて三日目には殻だけになる。その身を運ぶ蟻も、何匹か黒胡麻のように焼け焦げている。  嫌いな蝉の鳴き声が少ないのは嬉しいが、この暑さは耐え難い。酷暑とはよく言ったものだが、ひどい暑さではなく、むごい暑さだ。  火傷しそうな缶の珈琲を一含み。その生ぬるい喉越しで、夏が来た事を回避できないと知らされる。自販機が全部ホットになる熱量。嫌いな夏がさらに鬱陶しい。  なにより全身黒ずくめの商売着は、夏向きではない。つくづくそう思う。  今いる、奥多摩の過疎団地は、絶望的に渇いている。  かつて緑だった枯木と茶色い芝生が並ぶ並木道は荒廃の象徴だろう。  なまじ、小綺麗な空間を演出していたからだろう、涼になりそうな影も少なく、どこもコンクリートの照り返しが酷い。上下からの熱が体力も気力も奪う。  まったく、いつ来ても足取りが重くなる。
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