夏に咲いた花

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 ここに来て敦生は初めて、朝倉が裕福な家庭のお坊ちゃんなのだと言うことを知った。普段の朝倉は事務機器を扱う会社の営業で、メンテナンスや契約のために、敦生の通う大学に訪れていた。  普通のサラリーマンなんだろうと思っていたので、思いがけない事実に少しばかり驚いた。  二人が一緒にいるようになって四ヶ月程度。まだまだ敦生の知らないことは多い。いつも会う時は外だったので、敦生は朝倉の私生活を覗いたことがほとんどない。 「敦生さん、たんと召し上がれ。夕飯はおうどんを湯がいて、天ぷらも揚げますから楽しみにしていてくださいな」 「ありがとうございます」 「うふふ、夏彦さんがこんな可愛らしいご友人を連れてくるなんて。いつも一人でぼんやりするばかりでしたけど、お二人ともゆっくりしていってくださいね」  敦生と朝倉の顔を微笑ましげに見つめながら、伊那は至極嬉しそうに目元のしわを深くして笑う。朝倉はもう随分と大人だが、彼女から見れば、いつまでも子供のように思えてしまうようだ。  慈しむような優しい笑みに、朝倉は少し照れくさそうな表情を浮かべる。 「それでは失礼しますね」 「伊那さんいつもありがとう。俊夫さんにもよろしく伝えてください」 「こちらこそ、今年も夏彦さんに会えて私たちは嬉しゅうございますよ」  お盆を縁側に置くと、伊那は頭を下げてまたゆっくりと居間を出ていった。ちりりんと風鈴が鳴り響く中で、また二人きりの空間に変わる。  葉ずれの音が微かにして、蝉がうるさいくらいに鳴いている。  それでもいまは静寂、という言葉が似合うと敦生は思った。いつも二人でいると空気がとても緩やかで静かだ。それがすごく居心地がいいと感じる。 「敦生くんはお塩かける?」 「あ、うん」  二人でスイカに手を伸ばして、大きなそれに天辺からかじりつく。しっかりと冷やされた果肉は、口に含むとひんやりとした甘さを感じさせる。  塩が振られた場所は甘塩っぱさでさらに甘みが増す。  目の前の青空には真っ白な入道雲。キラキラと輝く夏の陽射し。冷えたスイカに心地いい扇風機。夏らしい夏だと敦生は目を細めた。 「俺もこういうとこに住みてぇなぁ」 「敦生くんは子供の頃から都会っ子?」 「うん、じいちゃんもばあちゃんも都心に住んでるから、田舎ってない」 「そうなんだ。僕は昔ひどく身体が弱くてね。親や兄弟から離れて高校までここにいたんだ。都会の夏は暑いよね。いまだに慣れないよ」  敦生と同じように目を細めた朝倉は、少し遠くを見るような目をする。いつもここに来る時は一人なのだと、伊那が教えてくれた。
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