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真夜中に蝉の鳴き声が聞こえる。 遠くには打ち寄せる波の音も聞こえるが、蝉の鳴き声は、夜のしじまに幾何学模様を作るかのように、どこかジグザグに鳴り響く。 波止場には無人の船が一隻停まっているだけだった。 何かが動く気配はなかった。 浜辺に咲き乱れる百合の花が、月の光を浴びて、微かに輝いて見える。 百合の花が咲いている場所から、少し離れた波打ち際に、男もののウイングチップの靴と、女もののローヒールが並べて置かれている。 男の姿も女の姿もすでになかったが、波は、素知らぬそぶりで、寄せては返すだけだった。 夜の暗闇 真夜中の浜辺 そこにはもう誰もいない 月の光が浜辺を照らす。 その度に、浜辺に咲く百合は、ワナワナと揺れ動き、そして艶かしくその花びらを開いていった。 波止場には無人の船が停留していたが、ふと、真っ暗な波止場に、二つの人影。 それは、可視と不可視の合間を揺れ動いて明滅しているが、人の目にはおそらく見えまい。 二つの人影は男女のものだったが、闇に隠れたり、ふと可視化したりを繰り返し、その瞬間、真夜中の夜空に浮遊した。 しかしたぶん、その姿は、人の目には見えない。 二つの影が浮遊した真夜中の夜空が、不思議な紫色に染まっていく。 海は急に波の音がしなくなり、まるで眠りについたように静まり返っていった。 二つの影は、あの波打ち際に並べられた靴を履いていた男女の影だった。
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