8人が本棚に入れています
本棚に追加
/9ページ
2
「このまま飛んでいたいわ。海の香りがするわね」
「もう海は眠っている」
「そうね」
「このまま闇の中にいたいわ」
「そうだね。しかしこの真夜中の闇は秘密基地みたいなものだよ」
「そう…」
「永遠にこの闇の中を浮遊することは出来ないよ」
「朝が来て、明日が来て…」
「そうだね。ただ今は、この真夜中を飛び続けよう」
「こんな時間を、あなたと持てるなんて」
「もう時間も空間も僕らには存在しないよ。ただ浮遊し、漂い続けるだけだよ。そしてやがて消滅していく」
「消滅…」
「そう、消滅していく」
「あなたとも?」
「もうすぐお別れだ」
「そう…」
海はすでに眠りについているが、微かに波の音がした。
わたしたちを祝福するでも、憐れむでもなく、波の音が小さく聞こえる。
波止場は死んだように制止し、停留している船も、まるで死体のようだった。
何年もこの波止場に停まったままの古い船は、わたしたちの棺桶のように見えた。
でもわたしたちは消滅するだけ。
船はこの制止したままの波止場で、ずっと死んでいるだけだった。
でも、わたしたちは、闇の中で、夢を見ているようだった。
まるで夢の中を浮遊しているような至福に包まれた。
死体のような船が、波止場に打ち寄せる波に揺られて、幽かに呼吸しているように見えた。
その穏やかな呼吸の音が、心地良く聞こえてくる。
わたしたちは、すでに消滅し始めていた。
消えかかる影が、夜空の闇の中に滲んでいる。
あなたは、もうすぐ、消えてしまう。
わたしも、もうすぐ消える。
でも今は、夢を見ているような至福が、わたしたちを包んでいた。
生きていた時には感じたことがない、穏やかで、安らかな至福。
そして、わたしたちは、闇の中で、消えてゆく。
最初のコメントを投稿しよう!