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「このまま飛んでいたいわ。海の香りがするわね」 「もう海は眠っている」 「そうね」 「このまま闇の中にいたいわ」 「そうだね。しかしこの真夜中の闇は秘密基地みたいなものだよ」 「そう…」 「永遠にこの闇の中を浮遊することは出来ないよ」 「朝が来て、明日が来て…」 「そうだね。ただ今は、この真夜中を飛び続けよう」 「こんな時間を、あなたと持てるなんて」 「もう時間も空間も僕らには存在しないよ。ただ浮遊し、漂い続けるだけだよ。そしてやがて消滅していく」 「消滅…」 「そう、消滅していく」 「あなたとも?」 「もうすぐお別れだ」 「そう…」 海はすでに眠りについているが、微かに波の音がした。 わたしたちを祝福するでも、憐れむでもなく、波の音が小さく聞こえる。 波止場は死んだように制止し、停留している船も、まるで死体のようだった。 何年もこの波止場に停まったままの古い船は、わたしたちの棺桶のように見えた。 でもわたしたちは消滅するだけ。 船はこの制止したままの波止場で、ずっと死んでいるだけだった。 でも、わたしたちは、闇の中で、夢を見ているようだった。 まるで夢の中を浮遊しているような至福に包まれた。 死体のような船が、波止場に打ち寄せる波に揺られて、幽かに呼吸しているように見えた。 その穏やかな呼吸の音が、心地良く聞こえてくる。 わたしたちは、すでに消滅し始めていた。 消えかかる影が、夜空の闇の中に滲んでいる。 あなたは、もうすぐ、消えてしまう。 わたしも、もうすぐ消える。 でも今は、夢を見ているような至福が、わたしたちを包んでいた。 生きていた時には感じたことがない、穏やかで、安らかな至福。 そして、わたしたちは、闇の中で、消えてゆく。
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