第3章

14/26
前へ
/127ページ
次へ
 重厚なその扉を開くには、このボタンを押すしかないとわかっている。マンションの玄関入口に設置されたパネルの前で、立ち竦んでからすでに十分近くが経過していた。セキリティもしっかりしていそうなマンションだ。きっと今百瀬が棒立ちになっている姿も、監視カメラに映っていることだろう。早くしないと警備の人間が来てしまうかもしれない。  百瀬は意を決すると部屋番号を入力し、力の入らない指で呼び出しボタンを押した。 『……はい?』  数十秒後、少し不機嫌そうな九鬼の声が聞こえる。九鬼にはカメラに映し出された百瀬の姿が見えているはずだ。急速に緊張感が増して眩暈がした。 「夜分遅くにすみません。百瀬です」  名乗っても向こう側にいる九鬼は無反応だった。そのことに逃げ出したくなる気持ちをぐっと堪えた。 「お話ししたいことが、あります」  口の中が渇き切って、上手く話せない。 『なに?』  面倒くさそうな声が、ぐさりと胸に突き刺さる。「やっぱりいいです」と言ってこの場から立ち去りたい。そんな弱気を見ないように、百瀬はぎゅっと目を閉じた。 「できるなら、直接お話ししたいです。入れてくれませんか?」  インターホン越しですらはっきり聞き取れる程の大きな溜息が響く。やはり駄目かと落胆し掛けた瞬間、通話が切れ、玄関の扉が開く。昨夜通ったばかりの吹き抜けのエントランスが姿を現して、百瀬は呆然とその光景を見つめた。  百瀬は玄関の入口をくぐると、高鳴る鼓動に押されるようにエレベーターホールへ急いだ。
/127ページ

最初のコメントを投稿しよう!

1142人が本棚に入れています
本棚に追加