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「っぶはっ、お礼ってなんの」
九鬼が笑ってくれて、少し安心する。自分に対して屈託なく笑う九鬼を見られたのは五年ぶりで、その事実も百瀬を勇気づけた。
ぎゅっと拳を握って、九鬼を上目遣いに見る。
「……また、来てもいいですか?」
緊張した面持ちで告げると、九鬼は数秒間を置いて答えた。
「いいよ。今度は君に合わせてSMプレイでもしよっか?」
さすがにその返答に「うん!」と答えることはできなかったが、断られなかったことが嬉しくて仕方なかった。
「……俺マゾじゃないですけど……」
ぼそりと反論すると、九鬼は「どうだかなぁ」とニヤニヤ笑って見せる。その反応に膨れつつも、百瀬は顔が弛みそうになるのを必死で堪えた。こんななんてことのない、くだらない会話を九鬼としていることが夢みたいだった。
九鬼が自分の顔にしか、体にしか興味がなくても今はそれでいい。
一週間前までは会うことすらできなかった。昨日までは話しすらまともにできなかった。だけど今は違う。気持ちだって伝えられた。ご飯だって用意してくれる。……もう一度『百瀬くん』と呼んでもらえた。信じられない進歩だ。
この先、少しずつでいい。そういう事柄を増やしていきたい、そう思った。
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