第4章

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 映画に呑まれる。まさにそんな感覚だった。百瀬はもう一度観たくなってチケット売り場の空席案内を見に行ったが、すでに次回もその次の上映回も完売していた。レイトショーはまだ若干の空席があるようだったが、じきに売れてしまうだろう。少し迷って、結局帰路についた。もう一度観たかったが、それよりも一人でも多くの人に観てもらいたいという気持ちの方が大きかった。 (本当にすごかった……貴島くんも……九鬼さんも)  大胆と繊細さ。両極端な表現のどちらも二人は持っている。今作は明らかに貴島の新境地と言えるものだ。新しい貴島大地。それを引き出したのは九鬼なのだろう。才能だけに頼らず、より高みを目指す貪欲さ。プロとしての誇り。二人のそれがあったからこそ、この作品はこんなにも観客を魅了できるのだ。  九鬼や貴島、七原や他の出演者、それを支えたスタッフ達。作品だけではなく、作り上げた人間たちの熱に百瀬は揺さぶられた。  志が高いのと、ないものねだりは似ているようで全然違う。今までずっと、自分は後者だったのだと百瀬は思う。自分には自分の役割がある。自分にしかできないことが絶対にあるはずだ。『白亞の欠片』を鑑賞して、百瀬にとってのそれが今の仕事であればいいと願いたくなった。自分は佐木のように完璧にはできないのかもしれないけれど、少しでも近付けるように努力したい。そう強く決心していた。
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