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「百瀬くん、起きてる?」
シーツの上に俯せで寝ていた百瀬は、九鬼の呼び掛けに唸り声で答えた。起きてはいるが、体が重くて動きたくなかった。今日一日の疲労が形になって体の上にのしかかっているような気がする。
九鬼が乗り上げて、ベッドが揺れた。
「ひゃっ」
剥き出しの背中に冷たいものを押し付けられて竦み上がった。
「はい、お水」
上半身裸の九鬼がペットボトルを差し出す。百瀬が半分寝入っている間にシャワーを浴びたらしい九鬼は髪が濡れていた。
「ありがと」
百瀬はのろのろと起き上がり、受け取ったペットボトルに口をつけた。渇いた喉に冷たい水が染み渡り、ほっと安堵のような息を吐いた。
仕事は目が回るくらい忙しかったが、百瀬は三日と空けず九鬼の部屋に泊まりにきていた。本当は毎日でも訪ねたかったが、鬱陶しく思われるのも怖かったし、帰宅が二時や三時になる時は、流石に訪れるのは気が引けた。
九鬼がこうして自分を部屋に入れてくれるのは、ただの気まぐれの暇潰しだとちゃんと理解している。飽きられたらおしまいだ。そう思うと空いた時間の分だけ九鬼の興味が薄れてしまいそうで、少ない睡眠時間を削ってでも会いたかった。それでも愛情を押し付け過ぎることも、ねだることも、限りある時間を縮めてしまいそうでできないでいる。
九鬼の興味がなくなる前に自分を好きになって欲しいけれど、どうすれば九鬼の心を手に入れられるのか見当もつかない。だから結局、傍にいられる時間を少しでも長くできるように足掻くことしか今の百瀬にはできなかった。
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