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「百瀬くん、これって焼き鮭?」
九鬼は箸を止め、目の前の皿をじっと見つめながら言った。
「何か変ですか?」
言われて、百瀬も慌てて自分の分に箸をつける。口に運ぶ前に、九鬼の言わんとすることがわかった。表面は焼けているが、中身は生っぽい。
「一瞬、『鮭のタタキ』的な物でも目指したのかと思ったけど、やっぱ違うよね」
「すみません! この前焦がしちゃったんで、時間短くしたら……、どうしよう」
百瀬は席を立ち、焦ったように九鬼の皿を回収した。
「ごめんなさい、まだ材料あるんで何か作ります。あっ、でも時間が……」
半ば混乱したような百瀬の肩に、ぽんと九鬼の手がのる。
「はいはい、落ち着いて。レンジで加熱すれば火は通るだろうから大丈夫」
九鬼は百瀬の手から皿を奪うとキッチンへと向かう。百瀬はおろおろとそれに付いて行った。
九鬼の部屋に泊まった翌朝は、百瀬が台所に立つ。部屋に来る前に二十四時間営業のスーパーに立ち寄り材料を買い込み、毎朝意気込んで調理するものの、上手くいった試しがない。
「作れないなら、別に無理しなくていいのに」
九鬼はそう言うが、はりきって『作る』と宣言した手前、引き下がる訳にはいかなかった。
「だって……」
それに一つでも多く理由があった方が、この部屋に来やすくなるという計算もあった。少しでも自分に需要があった方が、好きになってもらえるかもしれない。そう思っていたが、これではまるで逆効果だった。
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